井筒俊彦氏の業績はやはり凄まじい。
以前,私は井筒氏を日本綜合論(Japanese Synthetism)の人物と位置づけたことがある。日本綜合論というのは,空海等を源流として,日本思想最大の特徴を「綜合」とみて,日本思想史を再構成するための作業仮説だ。
いまなら,イスラームに関して,井筒氏より深い見識を持った専門家はいるだろうが,それでも現代世界におけるイスラームを考える上で,氏の圧倒的な視野の広さほど重要なものはない。例えば,なぜイスラームを学ぶべきなのか,日本人はイスラームをどう捉えればいいのか,といったことを語るには,世界におけるイスラームの相対的な位置を知る必要があるからだ。ただ広いだけなら雑道だが,氏の思想は,深さゆえに広さになり,広さゆえに深さになっている。つまり,綜道である。
標準的な能力を持った人間が,同じ環境を与えられ,同じ努力をしても決して辿りつけないところに行ける者を天才と呼ぶのであれば,井筒氏は間違いなくその一人だろう。