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{人名における「の」の問題 K#F85E/A001}

人名,特に外来の人名に含まれる「の」の問題についてしばしば考えることがある。例えば,「エレアのゼノン」,「シノペのディオゲネス」等々に含まれる「の」のことだ。大抵の場合,地名で似たような名前を区別している。

「エレアのゼノン」は,英語なら〈Zeno of Elea〉だ。欧州諸語では文法的にそう変わらないから,直訳として間違っているわけではない。

ただ,日本語における助詞の「」は,英語の〈of〉等とは異なり汎用性が高い。「の」はかなり広い意味で使えるので,日本語の文章作法において「の」の重なりやすさはよく注意される点だ。3つ以上「の」が重なる場合,もっと厳密な言い回しで文法上の機能を明確に出来る可能性が高いからだ。

これを踏まえると,名詞に「の」は出来るだけ含みたくない。大昔の日本人の名前は,例えば「源義経(みなもと の よしつね)のように,姓(かばね)に「の」を付けて読むが,これは文字に表われないし,漢字だから視認性の問題もさほどない。これが,カタカナの中に書かれると間延びして,妙に煩わしく感じる。また,「の」を使うと人名よりも地名が前に来るので,名前を羅列した時に語頭から判別しにくい。

だから,本当なら「エレアのゼノン」は「ゼノン・エレア」と書きたい。日本語における現行の慣習に反することになるが,かといって,意味を読み取れないということはない。古典ラテン語では〈Zeno Eleates〉だから,「ラテン語風」の写し方とすれば良いかもしれない。「ナザレのイエス」も「イエス・ナザレ」〈Iesus Nazarenus〉だ。

問題があるとすれば,姓なのか地名なのか区別しにくいことだろう。これに関しては,‘・’(中黒)のかわりに別の記号を使うことも考えたが,あまり良い案が思い浮かばない。‘=’ はハイフンのかわりに使うし,‘/’ も直感的ではない。「ゼノン@エレア」など,‘@’ は意味も通じるし面白いと思うが,いかんせんアヴァンギャルド過ぎる。「ゼノン☆エレア」も嫌だ。無難なのは「ゼノン:エレア」だろうか。‘:’(コロン)には前の語を後ろの語で説明するという機能が認められている。

漢文風に「ゼノン於エレア」とも書けるだろう。意味は明確だが,読み方が難しい。発音上は無視するか,「お」と読むか。流石に「エレアにおけるゼノン」と読ませるのは(読めるなら読んでもいいが)現代的ではない。しかし,英語では〈of〉を〈o'〉(オ)に短縮出来るから,〈Zeno of Elea〉を「ゼノン於(オ)エレア」というのは意外に和洋折衷の表記法と言えるかもしれない。