民主主義

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲6年(2012年)
12月17日 13:37
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。

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そしてこれが,技術的に不可能だった希哲フィロソフィア)と民主主義の結合を可能にする。プラトンの挫折から2千年あまりの時を越えた,「希哲民主主義」の誕生である。

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プラトン民主主義における衆愚政治を恐れていたし,基本的に選り人(エリート)主義なのだが,私はむしろ「希哲」(フィロソフィア)というアイデアは民主主義と相性が良いと思っている。ただ,これまでは「希哲民主主義」を実現する情報技術がなかった。全ての有権者といちいちソクラテス的な対話は出来ない。

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最近の日本政治状況,昔から言われ続けてきた「上からの民主化」の弊害が噴出している感が凄い。多くの日本人民主主義政治とは無関係でいたいという臆病さをいびつに共存させている。

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民主主義は「国民が選んだ代表者だから文句を言わず従いましょう」という考え方ではない,ということはちょっと考えれば分かることなのだが,まあ多くの人はそこまで考えないんだよなあ……。

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(間接)民主主義というのは,人民が為政者を批判出来る状態を常に担保しておくことだと言ってもいい。批判されうる状態で選ばれているからこそ為政者は人民の信任を得ていると言えるわけで,批判を封じるようになったら本末転倒。

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民主主義は常に為政者への批判精神があって成り立つものなので,「国民の支持」を理由に批判を排除することは独裁への道筋を作ってしまう(実例多数)という意味で非民主的な考え方。ここを勘違いしている,というか,あまり考えていない人が非常に多い。

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国民が選んだ首相を批判するとは何事だ」と怒っている人に限って国民が選んだ元首相を罵倒していたりするのは面白い。自分の気に入った首相が貶されるのは許せん,という感情を適当に飾り付けるとこうなる。

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人間は歴史に学ばない,過ちを繰り返すというが,それはたぶん教育の問題だ。歴史を知っている人が少数派で,大衆が彼らの知的権威を疑いはじめた時,民主主義は過ちを繰り返そうとする。

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民主主義国家というのは,その成熟とともに国民の政治的関心が低下していくものだ。民主主義が進展すればするほど国民は自由になり,政府を意識しなくなる。そして有望な若者は官僚や政治家ではなく例えば情技(IT)産業のような将来有望な業界を目指すようになる。結果として政界には人材がいなくなり,空き巣政治の温床となる。

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国民政治への関心・信任程度が下がると候補者の質と投票率が下がり,一部の特定思想を持ち投票意欲の高い有権者が国全体の代表者を生み出すことになる。これを私は「空き巣政治」と呼ぶ。代表的なのは勿論トランプ政権だが,安倍政権も消極的支持者に支えられているという意味ではこれに近い。

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民主主義というものの面白さに,「民主化が進むにつれ国民の政治への関心が低下する」という現象がある。

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