世界金融危機

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲11年(2017年)
10月26日 01:28
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。

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というわけで,ネットの関心が知識から感情に移った理由は,ネット人口の拡大と世界金融危機以降の「選択と集中」で説明出来そうだ。

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で,この状況に追い打ちをかけたのはやはり世界金融危機なのだと思う。人間,貧しくなるとどうしても目先の利益を追うようになるので,急拡大する SNS の魅力には勝てなかった。

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Wikipedia が始まったのが2001年,それから間もなく SNS の普及期が始まっている。これが何を意味するか。アメリカ同時多発テロ事件イラク戦争,ネット接続環境の普及,世界金融危機……。

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で,なんでそんなことが考えられたのかと言うと,当時の私を取り巻く環境では今考えるとかなり景気が良かった。正直,日本中が暗い雰囲気に包まれているのが不思議なくらいだった。

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非常に面白いなと思うのは,日本人の心をへし折ったその世界金融危機が顕在化したのと同じ年に希哲館事業が始まっていることだ。日本の情技(IT)産業から世界の頂点を取れる企業を生み出し,それによって日本極大国(ハイパーパワー)に導き,新国際秩序を樹立することを目指して。

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日本の情技(IT)業界で中身のあるものが作りにくくなってしまったのも,やっぱり「貧しさ」が根底にあると思う。世界金融危機の頃までは,分かりやすく言えば「Windows を越えよう」みたいなノリのプロジェクトって結構あった気がするけど,それ以後は「シリコンバレーの流行に上手く乗っていこう」になった。

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ただ,私は今も昔も希哲館事業のおかげで希望に溢れている。希哲館日本を世界史上最大の極大国(ハイパーパワー)にする,と事業を始めたのは世間が憂鬱な雰囲気に包まれていた世界金融危機の頃だった。

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情技(IT)に限らず,最近,世界金融危機の頃とは別の閉塞感が日本社会を覆いつつあるような気がしている。これだけ手を尽くしてもやっぱり日本はどうにもならないのか,みたいな……。

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選択と集中,というのは簡単に言えば「冒険」だ。世界金融危機から明らかに日本の IT 企業は独自性を放棄し対米追従になっているのだが,これも冒険する余裕が無くなったからだ。

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希哲館事業が発展するとともに,世界金融危機の影響も顕在化し,日本人は主体性を失なっていった。翻訳語を考えようというよりも英語を学ぼうという考え方になった。同じように,10年前には見られた「日本から世界的盤本プラットフォーム)を生み出そう」という志を持つ者も少なくなった。

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2007年希哲館事業が発足してから,入れ替わるように日本人の思考が小さくまとまってきたな,と感じていたのだが,最近それが世界金融危機の影響だったことに気付いた。失われた二十年という背景があっても,世界金融危機までは見かけたような意欲的かつ独創的な事業がほとんど見られなくなり,米国の流行を追いかけるようなものばかりになった印象がある。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.01
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