ニコニコ動画に学ぶ名前の大切さ

描主宇田川浩行K#F85E
上描き希哲8年(2014年)
04月25日 02:20
下描き希哲8年(2014年)
04月25日 01:47
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

最近,「名前」の大切さについて考えることが多い。名前というのは,人にせよ団体にせよ物(製品)にせよ,名付けられたものが自己の存在意義を確認し,成長していく指針になる。「名は体を表わす」とよくいうが,これはまんざら迷信とも言えない。名前には非常に強い教育効果があるのだ。だからこそ,悪意あるあだ名がいじめにもなるし,悪意ある命名が虐待にもなる。この話はまた改めてちゃんとした文章を書きたいのだが,とりあえず最近の時事問題に照らして思うのは,「ニコニコ動画」という名前は最悪だったということだ。

「ニコニコ動画」というのは,もともと,著作権等の法的・倫理的問題を誤魔化したいという意図が込められた命名だ。これは別に憶測ではなく,開発者たちがそう語っている。つまり,最初から悪意の込められた名前だということだ。それがどんどん大きくなってしまい,いまや大企業や官公庁までが関係を持つようになってしまった。意図を考えれば社会的に不謹慎な名前ではあるが,これだけ広まってしまうと捨てるに捨てられない。

名前の重要な機能として,道に迷った時に初心に帰れる,志を再確認できるといったことがある。ところが,ニコニコ動画にとっての初心とは「誤魔化し」に他ならない。いまさらどう取り繕ったところで,それは偽れない。無理に偽ってしまえば,なおさら実態を醜くするだけだ。これは,名前に対する不誠実さがいかに罪深いものであるか,ということの重要な教訓だと思う。ニコニコ動画に功績や美点がないとは言わない。ただ,その良いところですら,名前が,つまり最初の志が汚してしまっている。それを頑張って作り上げた人,それを支持してくれている人をそれ自身の不誠実さによって裏切ってしまっている。ただ人並に育とうとしている無垢な子供に「悪魔」と名付けようとする親のように,それは製品に対しての虐待といってもいい。

考えてみれば,旧ライブドアにも似たところがあった。「ライブドア」というのは一度経営破綻した会社の名前だが,堀江貴文氏率いるオン・ザ・エッヂという会社が事業と社名を引き継ぎ,その後,いわゆる「ライブドア事件」を引き起こす。つまり,堀江氏はライブドアという有名なブランドを利用するために自社の名称を変えたわけだが,私にはそれが信じ難かった。社名には自分達の志・夢・理想を刻むことが重要だと思っているからだ。利益のためにあっさり名前を変えた旧ライブドアは,結局,「虚業」や「拝金主義」の汚名とともに消えてしまった。

名前については本当に色々と思うところがあるので,またこんど考えをまとめて描こう。

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