英語

描主宇田川浩行K#F85E
上描き希哲13年(2019年)
10月25日 17:41
下描き希哲6年(2012年)
08月27日 14:15
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

フランス語の影響を強く受けている。

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一覧

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日本語はどちらかというと大器晩成型の言語,扱いはじめは難しいが奥は深い言語なので,むしろ英語よりも最終的な可能性は高いところにあるのではないかと思っている。そしてここに日本の情技(IT)産業逆襲シナリオがある。

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プログラムも「算譜」ではほとんどの人が理解出来ない。一つの鍵は,「コンピューティング」が「計算」とは訳せない,ということ。これは間接的に,英語におけるコンピュートという概念が,単に計算をすることから計算によって情報処理をすることに拡張されていることを示していた。そこで,希哲館訳語勘報」(かんぽう)が生まれた。すなわち,情報勘定である。

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日本アメリカ情技(IT)で勝つ日が来るとしたら,それは日本人にしか出来ないことをやり,日本人精神でしか生み出せないものを創造するということだ。カタカナ英語英語には勝てない。

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『MR.LONELY』の次に流れてきたのが BoA さんの『JEWEL SONG』で,「ウォウウォウ」で終わり「ウォウウォウ」で始まったのだが,そういえば日本語の歌詞によくある「ウォウウォウ」ってなんなんだろう。英語風だけど,あんまり洋楽で耳についたことが無いような……。

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Wikipedia とは別に,日本語を主体とした世界的に有益な情報源を何か一つでもドーンと作りたい。世界中の人々が日本語を学びたくなるような文化を作ろう。そして日本語を英語よりも広く使われる言語にしよう。

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ダブルミーニングなんだ,と強弁するのも残念ながら悪あがきでしかない。left, right がどれだけ英語で当たり前に使われるか,を知っていればそんな馬鹿なと分かる。それがダブルミーニングで通用するなら,英語話者は常にお前は左だ右だと揶揄しあってることになる。つまり全くの無意味。

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英語を勉強して海外に出よう,みたいな風潮も凄く強かった頃だが,私は平然と,日本を世界最強の国にして日本語を世界中に普及させればいいのに,と思っていた。良くも悪くも,この神経でなければ希哲館事業は始められなかっただろう。

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英語は最初から国際語だったわけではない。これから日本語が世界標準になる可能性もある。

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で,その小国の言語に過ぎなかった英語がいま国際語とされているわけで,日本語が将来国際語になっていたっておかしくはない。

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これは情技(IT)の世界でも同じで,日本アメリカと対等以上の関係を目指すなら,やはり我々は日本語で堂々と勝負する必要がある。希哲館訳語はそのための武器でもある。

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日本人がどれだけ英語を流暢に喋れたところで,英語圏の人間にとっては「普通のことを頑張ってやっている人」でしかない。反対に,外国人が日本語を上手く喋るからといって日本人が憧れることはない。よく考えてみれば分かりそうなものなのだが。

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英語はもちろん出来るに越したことはないのだが,日本人の場合,「英語が出来ないと外国人に馬鹿にされる」みたいな観念を持ち過ぎている。その時点で精神的に負けてしまっているし,本当に外国で尊敬を勝ち取りたいなら三船敏郎さんとか近藤麻理恵さんのように「日本語を話す自分」に自信を持っている必要がある。

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根本的なことを言えば,日本人論組(プログラミング)言語について考える前に日本語について考えるべきだ。カタカナ語まみれの貧相な文章を見ていれば,いかに日本語の表現力が時代に追いついていないかよく分かる。これでは英語で考え英語で表現出来るアメリカ人には永久に追いつけない。

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最初から国際共通語である言語など存在しないし,国際共通語であり続けた言語も存在しない。全ての言語は元を辿れば小さな一民族言語だった。大企業でも同じだが,盛者必衰歴史事実であり,「大きなものには敵わない」と考えてしまうのは単なる無知だ。つまり,英語もやがて衰退し,次の言語に道を譲るときが来る。日本人日本語でそこを目指さなくてどうする。

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よく挙げられる,英語を使うべき理由として,「世界中で通用する」というのがある。日本語日本の外ではほとんど通用しない。これを絶対的な利点欠点だと思い込んでいる人が多いのだが,私に言わせればそれこそ発想の貧困というもの。伝わらなければ,伝わらない性質を活かせばいい。つまり,「コード・トーカー」だ。私は,デルンに関する情報流通をゆるやかに制御するために,「暗号としての日本語」(JAC: Japanese as Code)という概念を提唱していた。

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よく言われることだが,情報技術の世界で英語が中心になっていることと,英語圏が主導権を握っていることは不可分だ。ただそれは単に読み書きが出来るか出来ないか,という問題ではない。高度で繊細な知識の結晶を生み出すのに,思考母語との強力な結び付きを活かせるかどうかだ。これが出来なければ,日本人はいつまで経っても後追い,どこまで行っても二流だ。

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昔,デルンに関する技術文書英語で書こうとしたことがあるのだが,すぐにその非効率性に気付いた。普通の言語環境で育った日本人英語母語並に使えるようになるまでには数十年かかる。特に,論組プログラミング)なんて神経質な作業をしながら,母語の直感性を使えないというのは大きな足枷になる。だから私は,英語でもなく何となくの日本語でもなく,その可能性を最大限に引き出した「新しい日本語」を同時に開発することにした。この転換が無ければ,デルンの実用化は十年遅れていただろう。

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希哲館事業が発展するとともに,世界金融危機の影響も顕在化し,日本人は主体性を失なっていった。翻訳語を考えようというよりも英語を学ぼうという考え方になった。同じように,10年前には見られた「日本から世界的盤本プラットフォーム)を生み出そう」という志を持つ者も少なくなった。

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