昨日は開発環境整備の一環として消極的に考えていた SLFS 開発の再開だが,献典整備としての可能性もあることに気付き,新生デライト開発とともに再開することを決めた。
当然ながら無駄に新生デライト開発を圧迫するわけにはいかないので,相乗効果を生み出すようにやっていきたい。
SLFS は希哲11年に実用化してから,あえて深追いすることを避けてきた。ほとんどは実用上の問題が生じた時に設定やパッケージの引装などを行うくらいで,それも SLFS 開発というよりは用者として使っているという感覚であり,事実上の開発停止状態に近かった。
直接収益化に結び付けるのは極めて困難と予想されたため,パッケージの下信や引装,手定めにかかる時間を最小化するための極力良いネット環境と高性能な開発機,そして十分な時間を用意する必要があると考えていた。
SLFS は希哲社にとっても大きな財産だったが,自分で使っているだけということに「死蔵」というべきもったいなさを常々感じていた。時間の経過とともに忘れていることも増え,保守性も落ちていた。これを改めて実感したのが昨日の核脳周りの調査だった。
SLFS 開発から遠ざかるようになっておよそ一年後,デライト開発に入り,デラングも含めて描出環境も描出手法も飛躍的な発展を遂げ今にいたる。希哲11年に比べ,技術記録もはるかに描き出しやすくなっている。金風によって多少の時間的余裕も出来た。
こうした環境の変化によって,気付けば十分な時間対効果が見込めるようになっている。SLFS にもようやく世に出せる時が来たということだろう。新生デライト開発の再開前に何かが引っかかっていたが,この時を待っていたのかもしれない。それなら遅らせた意義もある。
昨日に続き5時前起床は出来たが,短時間睡眠続きなので早く寝ることにした。