「近象」というのは,感覚的に身近な抽象性のことです。言い換えると,「より単純で包括的なもの」,つまり「輪郭」的なもの,ということになります。その反対が「遠象」です。
「抽象」は,本来何かのために思考を単純化するものですが,必ずしも感覚的な近さを意味しません。数学のそれが良い例です。
例えば,「近象文字列」というのは,簡単に言えば「文字列を直感的に扱えるように抽象化したもの」です。この直感的というのも厳密には「思いついたように扱えること」という意味で,「直想的」と表現していました。
C++ の文字列は std::string
と書きますが,様々な変種もあり,「文字列を扱いたい」という書き手の単純な要求に対して直想的ではありませんでした。書き手の頭の中で,「文字列を使うこと」と「std::string
を使うこと」の間に距離があるということです。C++ ではライブラリによって異なる文字列型を使い分けることが多々あるので,std::string
も固有名詞的に文字列を扱う手段の一つとしか認識されていません。
Cμ では,s_T
として「細かいことはさておき大体の場面で使える文字列型」を提供することにしました。「文字列を使うこと」と「s_T
を使うこと」が概念として(普通名詞的に)一致するように設計されています。これを「近象文字列」と呼んでいました。