第一次大翻訳時代

描主宇田川浩行K#F85E
上描き希哲8年(2014年)
10月02日 23:08
下描き希哲8年(2014年)
07月09日 01:24
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

宇田川の用語。

江戸時代後期から明治時代頃にかけて,大量の外来語が日本語に翻訳された時代。

この描出は「素描」です。
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一覧

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私が「第一次大翻訳時代」と呼ぶ江戸時代後期から明治時代頃にかけての翻訳文化成立した背景には,知識層の圧倒的権威があった。一握りの知識人外来語に触れ,それを翻訳して学界から人口に膾炙していく。その知識人もほぼ漢籍に通じていたので,漢語訳語が多数生まれた。

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私が「第一次大翻訳時代」と呼ぶ江戸時代後期から明治時代頃なんて,まさに和魂洋才精神が確立したころ。これが「洋魂洋才」になってしまっている。特に肝心の知識層で。

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バグダードの「知恵の館」(バイト・アル=ヒクマ)ではギリシャ語文献のアラビア語への翻訳が盛んに行われ,古典古代知識継承発展された。これが欧州の諸言語に翻訳され,いわゆる累新ルネサンス)に繋がる。今度は「希哲館」によって,日本語が同じような役割を担うだろう。

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ちなみに私は江戸時代後期から明治時代を中心に行われた翻訳語多産期を「(第一次)大翻訳時代」と呼んでいて,第二次大翻訳時代を創ろう,という趣旨で希哲館訳語を蓄積してきたので,無視どころか利用してきたくらいなのだが,自分が散々言ってきたつもりのことって本当に伝わっていないものだな……。

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じゃあなぜ第一次大翻訳時代江戸時代後期明治時代)が成立したのかというと,単純に当時の知識人が圧倒的な発信力を持っていたからだと思っている。当時造られ普及した翻訳語は必ずしも高くない。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.01
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