民主主義はなぜ誤解されるのか

描主宇田川浩行K#F85E
上描き希哲13年(2019年)
06月11日 00:14
下描き希哲13年(2019年)
06月11日 00:11
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

民主主義は「国民の選んだ指導者に黙って従う」思想だと誤解している人は多い。そうではない,という人も多いが,なぜそうではないのかしっかり語れる人は少ない。

確かに,民主主義が国民の意思を第一とする政治のあり方だと考えれば,国民が選んだ指導者に逆らってはいけない,というのは極めて素朴な発想で,多くの人がこの思考に疑問を抱かなくても不思議はない。この「誤解されやすさ」は民主主義の欠陥なのかもしれない。

ただ,もう少しよく考えてみると,「国民の支持」を理由に指導者を絶対視してしまうことが民主主義の放棄につながることは明らかで,ヒトラーの例を出すまでもないだろう。その「民主主義」では,嘘をついてでも一旦国民の支持を取りつけた指導者が,民衆の自由を奪いながら独裁者となっていくことを防げない。

民主主義をもっと厳密に定義するなら,「民衆が為政者に対して常に優位であり続ける体制」ということになる。これは最初に掲げた「誤解」とは正反対で,指導者を自由に批判出来ることはむしろ民主主義に欠かせない条件だと言える。

「国民の選んだ指導者に文句を付けるな」と言っている人が,国民が選んだはずの前政権などを口汚なく批判している光景がよくみられる。そういう人は,実際には「国民が選んだから」ではなく「自分が選んだから」その指導者を批判されたくないわけだ。誰だって自分が選んだものを批判されれば良い気はしないし,中には反対者を黙らせたいという人もいるだろう。

その感情が暴走し,「民主主義」という大義名分と間違った結合をした時に化け物が生まれるのだ,ということは常に意識しておく必要がある。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.01
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