カタカナ依存症

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲13年(2019年)
04月14日 19:49
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。

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まあ,「割り当て子」という訳語も微妙だが,それでも「アロケーター」というカタカナ英語に頼りっぱなしの思考停止よりは好感が持てる。これも彼らに言わせれば「訳してもすぐ陳腐になるから無駄」なのだろうか。多分,何十年と使われている概念だと思うのだが。

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まあ,あと絶対に他人が真似出来ないのはやはり希哲館訳語だ。カタカナ依存症だったこれまでの情技(IT)日本語表現力で圧倒出来る。

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希哲館訳語カタカナ依存症を治し,交度英語(Code English)で勘報上で扱う諸言語の語彙を統一し,実装する。今の希哲館でこれが出来ていることの意義はとてつもなく大きい。

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見てる限り,そういう思い切りが出来る組織でもないんだろうな,という気はする。無難に無難に,とやっていくうちに何かぼんやりしたキレの無いものになっていく,というのは日本語におけるカタカナ依存症に似ているところがあるのかもしれない。

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しかし,言語の問題というのは明らかな問題であっても直視出来る人は少ない。誰がどう見たって今の日本語におけるカタカナ依存症は問題でしかないが,誰もまともに改善に取り組まなかった。

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論組(プログラミング)言語なんて何でもいい」……この考え方は,本当に日本の情技(IT)業界を腐らせたと思う。カタカナ依存症もそうだが,あらゆる意味で日本人言語をないがしろにしてきた。それじゃ何も作れないわけだ……。

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あとは,自分で造った翻訳語を自分で使い続けるという精神性も必要だ。昔「カタカナ語を翻訳していこう」という動きも無かったわけではないのだが,ほとんど「提案」止まりで,みんなが使わないなら自分も使わないという姿勢でやる人しかいなかった。たとえ一人でも使い続ける,という精神異常者は私くらいなもので。

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翻訳語造りに必要なのは,日本語外来語に関する知識もさることながら,やはり「思考力」なのだと思う。消化吸収に喩えるなら咀嚼力と言ってもいい。私が日本人カタカナ依存症を「思考停止」問題の一種として捉えている理由。

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私もよく簡単に「カタカナ依存症」とか言うけど,考えてみれば,この量と質で翻訳語を考えられる方が異常なんだよな。

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しかし,「バッファオーバーフロー」とかも,よくカタカナで書いてきたよなと思う。技術用語として,誰も面倒臭いとか読みにくいとか思わなかったのだろうか。なわけはないと思うのだが……。

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これは本当に日本にとって重大な問題なのだが,日本人はいまいち危機感を持っていない。こんなことを昔から訴えているのは私だけなんじゃないかと思うほど,問題を理解している人が少ない。ただ,昨日も言ったように,それは怠惰の結果ではない。なぜこんなことになっているのか,どうすればいいのか,誰も分からないのだ。

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カタカナ語の翻訳をしているとよく思うことなのだが,翻訳語というのはその概念を言語体系の一部にする作業で,ちょうど食べ物を消化して血肉に変えるようなことに似ている。カタカナ依存症というのは,食べ物を消化せず胃に溜め込んでいるようなもの。

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面白いことに,これだけ明らかな問題で日本人として看過してはならない課題であるにもかかわらず,「カタカナ語翻訳」という話題は今のところ完全に黙殺されている。ここに業界の闇がある気がしている。

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カタカナ依存症情技(IT)日本語の恥ずかしさって,どうやったら業界人に伝わるんだろうとずっと思っていたのだが,情技教育で子供たちに自分たちの言葉を伝える,ということを考えた時に気付いてもらえるんじゃないか,という淡い期待がある。そこで気付かなかったら絶望感があるが。

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以前も書いたのだが,要するにこれって「使い捨て日本語」で,使い手の視野の問題だという気もしている。例えば,日本に多い「与えられる技術に合わせて自分のやり方を変えていけばいい」という雇われ技術者に翻訳という「日本語の未来への投資」の意義を理解してもらえるかというと,ちょっと不安がある。

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カタカナ語はあくまでも補助的に使うべきものであって,それに依存してしまうと日本語の表現力を十分に活かせない。これをいわゆる技術者にどう理解してもらえるか,だと思う。

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最近よく思うのだが,情技(IT)日本語を改善していくためには,希哲館訳語の普及以前に「なぜカタカナ語依存症は危険なのか」というところから啓蒙活動の必要があるのかもしれない。良い悪い以前にそもそも考えていない,ということが問題な気がする。

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カタカナ依存症日本の情技(IT)業界の「思考停止」癖の象徴だと言ってはみたが,そもそも「思考しない情技業界人」って「味の分からない料理人」みたいなものじゃないか……。

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こういう問題から目をそらし,耳を塞いでいる者から腐っていく。早く気付いた者ほど偉い。さあ遅れるな!

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外国から流れてきた技術をその場しのぎで取り入れる。この繰り返しで主体性を失なってきた日本の情技(IT)業界を,カタカナ語の山が象徴している。

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カタカナ依存症使い捨て日本語の問題とはつまり,「思考停止」の問題に他ならない。自分が使っている言葉について考える日本人が驚くほど少ない。

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冗談抜きで日本の情技(IT)業界のみなさん,カタカナ語まみれの馬鹿みたいな「使い捨て日本語」で疲弊するの,そろそろやめませんか?

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本当にこういう,「考えもしないでカタカナ語を放置する」の,思考停止以外のなにものでもないし,日本の情技(IT)業界の病気と言わざるをえない。ディスプレイモニターを「表示機」と訳してはいけない理由なんて誰も分からないし,考えたこともないんだろう。

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情技(IT)用語なんて次から次に新しいのが出てくるんだから全部カタカナでいいじゃん」みたいな日本病の一側面に何か病名を付けたいなと思っていたのだが,いまちょっと「使い捨て日本語」という言葉が思い浮かんで気に入りつつある。

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希哲館訳語は「翻訳語体系」としては日本語史上最大のものとなるが,この網羅的体系性は当初から私が意識して育ててきたものだ。これによって,個々の訳語を自然に,整合的に使えることがある程度担保されるわけだ。

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これは単に翻訳語を受け取る側の問題だけではない。大局観翻訳家の側にも必要だ。語彙というのは体系なので,「木を見て森を見ず」では上手くいかない。その訳語が既存の語彙体系の中でどう機能するのか,ということを考えなければならない。こういう字を使うとあれと紛らわしいな,とか私が細かいことをいちいち考えているのも,常に語の整合性を意識しているからだ。

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その反対に,私がなぜ翻訳にここまで力を入れるのかというと,想品(ソフトウェア)産業が生まれた1960年代からの「勘報(コンピューティング)の半世紀」を集大成し,知識産業の新時代を切り拓くことを目標にしているからだ。ここまで大局的・長期的な視点で見れば,現状の情技(IT)日本語は「使い物にならない」と言わざるをえない。

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情技(IT)日本語が抱えている問題は明らかであるにもかかわらず,「カタカナ語翻訳」という話題は実は昔から全く人気がない。理由の一つは,そもそも日本の情技業界人が局所的・短期的な視点しか持っていないことだ。翻訳というのはいわば投資なので,「次から次にやってくる流行にいかに乗るか」ということだけを考えていれば全く必要ないわけだ。

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