希哲14年2月18日のツイスト

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲14年(2020年)
02月18日 04:34
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
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一覧

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まあ,こんな人間がこれまで何不自由なく暮らしてこれたのは,一重に時代環境のおかげなので,そこは感謝しかない。

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こんな文章を書きながら一人で大笑いしていられるのだから,やっぱり何かが狂っているんだろうな,私という人間は……。

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私はネット極北まで逃げ,デルンの実用化とともに「ウェブ独立宣言」なるものを発し,なにものにもとらわれない精神活動を築いた。そして,ツァラトゥストラのごとく,KNS(knowledge networking service)を引っ提げて帰ってきた。

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SNS は,私にとっては牢獄だった。仏教風に言えば「俗界の極み」みたいなところなのだから,まあ自由があるはずもなかったのだろう。そして私は SNS から出家したわけである。

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ある程度 Twitter に慣れた頃,自分の色を出したツイートをした途端,面白いくらい反応が止まった。その時,私は SNS(的なもの)も決して自由世界ではないんだな,と悟った。そこでは「皆の目線」に合わないものに力が与えられることはない。そう悟った瞬間,私はネット界ダース・ベイダーと化したのだと思う。

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ところが,私は SNS ウケするような文章を書くのは別に不得意ではなかった。昔,Twitter を使い始めた時,私も調子よく当時の Twitter ウケするようなツイートをよくしていて,初期は割とよく拡散されたりフォロワーも増えていた。

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そんなわけで,大人になったころにはもう,「自分に似ている人間」というのが世の中にいない状況だった。だから SNS を使っていても独り言を垂れ流すようなものにしかならない。誰に共感するでもなく,誰に共感されるでもなく。だから,自分が使うネット媒体SNS である必要がなかったのだろう。

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私はたぶん,物心ついた頃から反 SNS 的な人間だったのだと思う。他人に合わせてものを考えたり,行動することがとにかく苦手で,基本的に自分で考えたことを誰にも構わずやり続けるという,ある種の病気を抱えたまま育ってきてしまった。

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休憩がてら,私がなぜ SNS依存せず KNS(knowledge networking service)なんて構想を創り上げることが出来たのか,少し振り返ってみるか。

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天国でもあり地獄でもあり,最高でもあり最低でもあり……全ての対立超越した境地にいる。

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先月末,私はこんなことを書いたが,まさに今そんな感じだな……「これからの1ヶ月,私は柔品(ソフトウェア)開発者として最高素材環境に恵まれた天国と,重圧地獄を同時に味わうことになるだろう」。

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宇田川」というの由来は諸説あるが,実は徳川以前から江戸とその周辺に広く定着していた一族なのである。

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西に向かった開拓者たちがカリフォルニアを作り,に向かった開拓者たちが東京を作り,太平洋を挟んで向かい合っている。これほどのロマンがあるだろうか。

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ちなみに私の先祖江戸城主だった(かも)。

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一般的な傾向として,安定した環境繁栄してきた民族ほど保守的で,行動よりも観念を重視する。この最たる例が日本人で,対極にあるのがアメリカ人。最近,なぜ英米哲学法律で独特な思想を形成してきたのか納得出来るようになった。

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私は子供のころトーマス・エジソンに憧れていたのだが,今思うと,あの人こそアングロ・サクソン精神体現していたんだなと思う。馬鹿みたいに行動して挑戦繰り返す。彼の頭が2倍よくても,半分も動かなかったら成功しなかっただろう。

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世界史的にみても,世間的に見ても,大きく成功する人間というのは「頭が良い人」ではなく「行動する人」だったりする。日本人アングロ・サクソンにいつも遅れを取るのは,日本人が知的に劣っているからというより,行動が遅いから。

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技術的負債」という言葉でリアルタイム検索すると,「負の遺産を残さないようにどう工夫するか」ではなく「技術的負債って言葉は正しいのか?こういう風に表現した方がいいんじゃないか?」みたいな反応で溢れかえってるのを見ると,これが日本人的,ということなのかもしれないとよく思う。まあ,ただの印象バイアスはありそうだが。

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SNS を完全に置換するというよりは,インターネット最上流KNS を置ければいいんだろうな。

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まずは,趣味や馬鹿話で盛り上がりたければ SNS議論をしたければ KNS,という使い分けが出来ればだいぶ違うだろうな,とは思っている。

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SNS拡散力には良い面も悪い面もあるが,用者ユーザー)の良心良識に依存している部分が大きくて,残念ながら治安を保てていないというのが現実。そこをどう補完出来るか。

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SNS でどこまで表現の自由を許すかという問題があるが,これも SNS という仕組みからいって恣意的なものにならざるをえない。KNS としてのデライトは,それを運用ではなく設計の問題と捉える。結局,「拡散されたもの勝ち」という仕組みが諸悪の根源なわけで。

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私の SNS に対する問題意識は,「理性」を司る仕組みが無い,ということ。感情理性があってはじめて人間なのに,SNS感情を際限なく暴走させる仕組みになってしまっている。これを補完する仕組みとして KNS構想している。

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いまデライトの「はじめにページに書いてある「SNS などを中心として質の低い情報が氾濫する時代に、個人がより多くの知識をよりよい形で蓄えられる技術を広く開放し……」という文はちょっと言葉足らずで感じがよくないので,もうちょっと柔らかい表現を考えている。

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まあ,ややこしくするのはデライトの趣旨に反するので,「知恵の庭」に絞り込んでいくか。

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デルン哲学として,輪郭描出するということはタブラ・ラーサを擬似的に保つ,つまり「能動的な」というイメージがあるので,こういう使い方も間違いではない。のだが,中途半端に知識がある人には,こういう凝り過ぎた哲学的表現は誤用誤解される可能性がある。

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複合的な案として,「ここはタブラ・ラーサという名の知恵の庭です」みたいな表現にすることも出来るが,ちょっと玄人向けになりすぎるかもしれない。

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デライトの「使い方」ページで,「輪郭は1輪,2輪……と花のように数えます。せっかくなので花のたとえで使い方を説明していきます」みたいな導入を考えたところなので,「知恵の庭」は非常に徹案(デザイン)性の高い表現ではある。もともと「知恵の輪」をもじったものでもあり。

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代わりに,月庭でも長いこと使っていた「知恵の庭」を使うという案が浮上。例えば,「ここはあなたの知恵の庭です」みたいな。

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デライト初回録入りログイン)時,「ここはあなたのタブラ・ラーサ白紙)です」みたいな文言を表示するというアイデアを温めていたのだが,これはちょっとになるかもしれない。というのも,徹案デザイン)的に「黒背景に描き出す」から「白紙」っぽくない。「白紙」以外に良い表現があればいいのだが……。

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