比類なき凡人としての安倍晋三

描主宇田川浩行K#F85E
上描き希哲13年(2019年)
07月04日 01:55
下描き希哲13年(2019年)
07月03日 23:45
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

安倍政権への審判とも言える第25回参議院議員通常選挙を控え,世間の議論も沸騰している。ちょうどいい機会なので,元消極的支持者として,私の個人的な安倍晋三氏に対する見方をここにまとめておきたい。

比類なき凡人

私の安倍晋三氏に対する印象は,一貫して,一言でいえば「比類なき凡人」だ。森喜朗氏や麻生太郎氏のようなアクの強さもなく,鳩山由紀夫氏のように浮世離れした感じでもなく,小泉純一郎氏のようなカリスマ的な指導者でもない。特に知的な印象も無いし,特別な才能があるという話も聞いたことがない。かといって上皇陛下のような人格者にも見えない。

まさに,政権支持者がよく自称する「普通の人」だ。肩書きを知らなければ,誰も特別な人だとは思わないだろう。しかし,全くの凡人では首相として選ばれようがない。祖父大叔父首相だった,という圧倒的な政治的背景を持った凡人である,というところに安倍氏の個性がある。これこそ安倍氏が支持されてきた理由であり,これからの安倍政権の危うさなのだ,と私は思っている。

あくまでも凡人として

一年前後で首相が交代する政治的混乱が続き,経済的にも冷え切っていた頃,第二次安倍内閣の誕生は必然的なものだったと私は考えている。当時,多くの日本国民が求めていたものは何より安定だった。安倍氏の無難そうな人物像はそこに上手くはまっていたし,消極的支持に回った私自身も含めて,国民の選択が間違っていたとは思っていない。

ただ,多数派の支持はあくまでも消極的なものであって,安倍氏に特別な期待が抱かれていたわけではない。今でも一番多いのは,安倍政権を手放しで賞賛は出来ないが,かといって他の政治家では安心出来ない,という声だ。

安倍氏はあくまでも凡人として要請され,凡人として振る舞うことを求められている。ここはご本人にも,自民党にも,一部の支持者にも間違えてほしくないところだ。

こんなことをよく思うのは,最近の熱心な政権支持者と不支持者がやる論争への違和感からだろう。ある人は安倍氏を理想的な指導者のように賞賛し,ある人はヒトラーのような凶悪な独裁者だと言う。物事が単純化過激化されやすい SNS のせいでもあるだろうが,どちらも冷静さを欠いているせいで,不支持者には安倍政権の「現実的な長所」が伝わっていないし,支持者には安倍政権の「現実的な短所」が伝わっていない。

弱さゆえの独裁

安倍氏は卓越した指導者では明らかにないし,ヒトラーのような野心的な独裁者でも明らかにない。しかし,安倍政権独裁化していく過程は想像に難くない。それは安倍氏が内面的にはごく普通の人,凡人だからだ。

この約7年間,安倍氏の言動を見てきて一つ確信しているのは,氏は環境によりかかって生きてきた,ということだ。自分の芯を持って生きている人にある,逆境に立ち向かう強さや,甘やかされても自分で自分を律するような強さは感じられない。環境が許さなければ萎縮するし,許せば許すだけ尊大になる,私にはそういう人物に見える。もちろん絶対的に悪い性格などないし,それも状況によっては優しさや柔軟さといった長所になることもあるだろう。

しかし,例えば,上皇陛下を思い浮かべてみてほしい。自分の悪口を大袈裟に言われても「自分にも非があったのかもしれない」と言い,他人の悪口を言う自分の仲間は「品が無い」と嗜める,私はそういう印象を陛下に抱いている。それは陛下が比類なき人格者だからだ。

安倍氏が現実にやっていることは違う。少しでも批判されれば顔を赤くして怒り,自分の仲間が政敵を攻撃していれば,後ろでニヤニヤ笑っている。これは安倍氏が特別悪い人だからではない。普通の人なんてそんなものなのだ。こういう普通の人がなまじ神格化されて,周囲が担ぎ上げたらどうだろう。それを抑制する強さが氏にあるだろうか。

どくさいスイッチ

漫画『ドラえもん』に,「どくさいスイッチ」という有名な話がある。何の取り柄もない,いじめられっこの少年・のび太が,嫌いな人間をこの世から消してしまえる道具を手に入れてやりたい放題するが,なんだかんだあって最終的には反省するという話だ。

普通の人の弱さと憎めなさの象徴として愛されてきたのび太のように,神格化するでもなく悪魔化するでもなく,安倍さんを普通の人として見て,その弱さがもたらす危険性を現実的に考える時期に来ているのではないだろうか。

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