希哲14年3月6日のツイスト

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲14年(2020年)
03月06日 00:43
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
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https://dlt.kitetu.com

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一覧

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設定譜類ファイル)の書きにくさだけは nginx も変わらないな……。

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nginx,簡単なことを簡単に設定できないのはやっぱり欠点だな……。無駄に時間食った。

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私はポモドーロ法調整した「進捗時限法」というのを進捗管理に使っていて,1歩2歩……と各時限を数えていく。デルン上で「○年○月○日○歩」として管理しているので,日々の進歩実感出来る。

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これからの希哲館事業は,夢と希望に満ちた日々を,全ての人のものにするためにある。

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そのためには,分かりやすい入り口が必要。デライトにせよ『希哲辞典』にせよ,いま希哲館事業必要なのは,希哲時代現代を繋ぐ仕事。

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それこそジパング計画くらいの希望はこれまで私だけが持っていたものかもしれないが,それをみんなで共有出来るものにしないといけない。それが一番難しく,骨の折れる仕事。

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絶望の時代にみんなが希望を欲しているかというと実はそうでもなくて,SNS などでは絶望感共有したがる人が多い。いわゆる終末願望というやつもあるのかもしれない。

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そういえば,「絶望」って流行ってたな,むかし Twitter とかで。その方がウケが良かったのだが。

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希望の大きさだけは誰にも負けたことがない男,希望王と申します。

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希哲館事業というのは,つくづく「希望事業」だったなと思う。12年前の発足時も日本社会は相当悲観的な雰囲気だったのだが,当時から「日本世界史上最大に出来る」とはしゃいでいたのが私だった。絶望の国から生まれた希望野郎だった。

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例えば,「フィロソフィアってどういう意味なの?」という疑問に,「することだ」と返しても,重要なことは何も伝わらない。古代ギリシャの当時とは文脈も異なるし,そもそもソクラテス方便だったという面もあるので。

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希哲館事業においては「希哲」(フィロソフィア)が最大の例だ。これは「愛知」などと訳されることもしばしばあるが,それだけではフィロソフィアの意義を十分に汲み取れないので意図的に「希哲」という表現を採用した。これはかなり長くなる話なのでまた別の機会に。

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ルネサンスというのは,簡単に言えば,西洋人たちが古典古代文化再生しようとした運動なのだが,その結果として,単なる再生・復古にとどまらない革新を生み出した。動機だけに着目して翻訳しようとするとそこまで汲み取れない。

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例えば,さっきの「累新」(ルネサンス)なんかは希哲館訳語における代表的な「客観訳語」の例で,これは当時のルネサンスの担い手の「再生」という意識そのものよりも,その結果として文化連続性回復され,西洋社会がいわゆる「巨人の肩」を得たという歴史現象そのものを表現した翻訳語

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歴史的現象に関する翻訳する時,ありがちなのは,当時の運動の担い手の心情直訳してしまう訳し方で,これは失敗することが多い。というのも,ある社会現象に翻訳語を与えようとしている時点で我々が重視しているのはその歴史的価値なので,それを上手く表現しないといけない。

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設定はこれからだが,実はかなり前から dict.kitetu.com というドメイン名は決めてある。

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よく,戦後焼け野原から日本奇跡的に立ち直った,と言われるが,焼け野原だったからこそ立ち直れた,という面もある。敗戦で多くの旧弊一掃され,社会合理化が進んだ。コロナ危機破滅のきっかけにするか飛躍のきっかけにするかは日本人次第。

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コロナ危機日本経済絶望感が漂っているが,在宅勤務普及など,社会のあり方を見直す機会でもあるので,希望は持っていいと思う。

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今日のイチオシ希哲館訳語るいしん累新ルネサンスRenaissance)。日本史上の大きな社会革新である改新維新をもじり「累(かさ)ねて新しくする」の意を与えた造訳語

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新型コロナウイルス社会恨みを持った者や自暴自棄になった者の便乗バイオテロ危険性も考慮しないといけないのか。愛知であえて出歩いた男性とか,精神的な問題を抱えているような気がするし。

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日本人は「アメリカ製柔品ソフトウェア)の使いこなし方」を語るだけの日々から卒業しなければならない。

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何度でもいうが,TRON失敗したのは多くの人にとって魅力に乏しかったからだし,WinnyCoinhive が失敗したのは理論武装が弱かったから。それを認めず,いつまでも失敗を誰かのせいにしている業界進歩は無い。

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私が昔からよく指摘している日本の情技(IT)業界問題に,とにかく失敗他人のせいにする気質,というのがある。政府警察邪魔をしたとか,世間無理解だったとか,何というか,「ちやほやされて成功したい」という願望が見え隠れする。相手がたとえだろうが政府だろうが抜け目なく闘い成功を盗み取ってやろうという覚悟が無い。

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日本人はそもそも「闘争」に慣れていない。「日本では出る杭は打たれる」とか「アメリカでは誉めて伸ばしてくれる」という迷信も,日本人打たれ弱さ象徴している。大統領選をみても,アメリカ人権力闘争露骨醜さ世界一だし,彼らの強みは,それに慣れていることにある。

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昔から,「洋ゲー」といえば難解大人向けのものが多い,というのもそういうことだったんだろうな。

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このあたりの考察日本における情技(IT)産業低迷遊画(ゲーム)産業隆盛理解するのにも重要な気がする。日本人はなぜ優れた遊画を作れるのに優れた「大人向け」の柔品ソフトウェア)を生み出せないのか。

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任天堂を筆頭に,日本の遊画(ゲーム)会社にはおもちゃ屋だったもの,あるいはおもちゃ屋になっていったものが目立つ,ということも注目すべきだろう。

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昔の遊画ビデオゲーム)では文章仮名でしかまともに扱えなかったわけだが,これって要するに絵本みたいなもので,必然的に児童向けになり,誰にでも分かりやすいものになっていったのではないか,という仮説仮名しか使えない以上,難しい単語は使えないし,平たい表現が強要されていた。

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というわけで,日本語中国語に無い特性遊画(ビデオゲーム)産業育成に役立った,ということは疑いの余地が無いと思う。では欧州諸言語に対する優位性って何だったのだろうと考えていて,やっと今日気付いたことなのだが,昔の日本の遊画って「絵本」に近いものだったなと思う。

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昔の日本の遊画ビデオゲーム)って,単に小容量低解像度に耐えうる仮名が活用されていただけではなくて,部分的に漢字多用されていた。個人的にはファミコン『ドラゴンボール』系あたりが印象深いが,結局これって日本語の文化そのものだったんだなと思う。日本語が中国語と根本的に異なるのは漢字相対化していることだから。

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日本語の力といえば,最近,日本の遊画(ビデオゲーム)産業における日本語役割について考えることが多い。昔の遊画って仮名ですら削らなければならないほど節約が必要だったので,仮名を持つ日本語中国語等に対して優位だったのは間違いないと思うのだが,表音文字を使う言語はいくらでもあるわけで,それだけでは日本の遊画産業の飛躍は説明出来ない。

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