全ての認識は「レッテル貼り」である

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲13年(2019年)
07月07日 15:13
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

レッテル貼り」という言葉が人口に膾炙して久しいが,偏見が世の中から消える気配はない。むしろ,SNS なども手伝って強化されている気さえする。

「それはレッテル貼りだ」などと言っている人の発言をよく見ていると,実はその中にも自覚のないレッテルが散りばめられていることに気付く。「あいつはレッテル貼りばかりする」というレッテル貼りはもう見慣れてしまった。

この種の言説の問題は,人間の認識を,レッテルとそうでないものとに恣意的に分類してしまっていることにある。そして,自分が問題視しないレッテルには無自覚になってしまう。だから,偏見に対する批判の仕方としては,あまり発展性が無いのだと思う。

人間の認識などというものは,個人がそれぞれの都合で構成しているものに過ぎないので,全ての認識は「レッテル貼り」であると言っても過言ではないのだ。

それを自覚した上で,丁寧に,こまめにレッテルを貼り直し続けていくしか人間の認識を改善する方法は無い,と私は考えている。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.01
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