希哲12年4月20日

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲12年(2018年)
04月20日 00:21
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。

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希哲主義は,知的権威主義反知性主義という二つの病を克服する唯一の道標である。これに向けた意志と能力を持った者が,真に現代指導者と言える。

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希知者希哲フィロソフォス)という概念は,知っていると慢心している「知者」,知ろうとしない「反知者」の間に位置付けられてこそ強力な皮肉になるのであって,この「知者」に単にものを知らない「愚者」を対置させてしまうと説明が上手くいかなくなる。愚者には希知者と反知者,つまり知を求める者とそうでない者がいる,という話だ。

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つまり,知者でも反知者でもなく希知者フィロソフォス)であろう,という態度が民主主義と結びついたとき「希哲民主主義」が爆誕する。

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そういえば,「知者」に対して「を求めようとしない者」を表現するのにどういう語を使うかずっと迷っていたのだが,これは反知性主義からの連想で「反知者」を使えば割としっくりくることに気付いた。なぜこんなことを考えていたのかというと,「知者でも○○でもなく希知者である」という,ソクラテス的な態度を説明しようとする時に重要になるから。「不知者」や「無知者」だと意志の問題であることが分かりにくい。

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逆ギレ気味に「謝っただろ?もう文句いうなよ?」という態度では喧嘩は収まらない,という誰でも冷静に考えれば分かりそうなことが分からない男が,自国原爆を落とした国の下劣大統領には媚びへつらっている様を見て疑問を感じないとしたら,政治的信条以前に信用に値する人物ではない。そういう人物に物の「美しさ」が理解できるとは思えないし,「美しい国」などと語って欲しくもない。それこそ国の恥。

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賤業としての政治」というのはこういうことだ。

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そういえば以前,安倍さんの「解決したことにする」慰安婦問題への態度があまりにも形式的で,韓国世論がおさまらないのは当たり前と書いた。では常にそういう合理主義的な態度なのかというと,トランプに対しては妙に「個人的友情」のような情緒的な態度で接していて,やっぱり根本的に信用出来ないというか,端的にいって,相手との力関係で態度を変える「気持ち悪い」人物だなと再確認した。

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これは紛れもなく,人類知の限界への挑戦だ。簡単に言ってしまうとかえって馬鹿っぽいが。

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私が毎日書いていることを見れば分かると思うが,本当に極端に密論ミクロ)から漠論マクロ)まで行ったり来たりしながら作業しているので,まったく従来の SNS の中には収まれない。これが辛うじて何とかなっているのは,やはりデルンのおかげ。

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ソ連崩壊から四半世紀を経て,我々は合衆国崩壊を目の当たりにしている。

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型変換の基本は static_cast に相当する to で,値 val の型 x_t への変換は to< x_t >( val ) のように行なえるのだが,機能的には同じだが必ずしも必要のない(必要なくなったとしても残しておくべき)型変換を明示するのに too を使える。

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希哲館事業構想は,その規模・密度・新規性など総合的にみて歴史上比肩するもののない構想と言える。しかし,これを普及させるのは極めて難しい仕事になるだろう。流行らせるには,大き過ぎ,細か過ぎ,新し過ぎだ。思想の伝播に大きな役割を果す誤解誤読の余地はほぼないし,かといってまともに理解するのには時間がかかり過ぎ,既存の思想に迎合するようなところもまず無く「八方不美人」の様相を呈している。さて……。

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ここで,「知る義務」という概念が急速に妥当性を帯びてくる。

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昨日今日で結構重要なことに気付いた気がする。

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希哲民主主義」は希哲館では昔から使っている用語なのだが,実は私の中であまりにも自然な発想だったので,さほど特別な概念ではないと思っていた。しかし,思想史的に整理してみると思いのほか画期的なものだったらしい。考えてみれば,「プラトンへの膨大な注釈」である西洋哲学そのものが,反民主的選り人(エリート)主義的なものだったのだから。

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そう考えると,西洋哲学に触れる前に自身の思想的蓄積を持っていた私の子供時代が希哲館事業の鍵だったんだな……。これのおかげで,希哲学を相対化しつつ武器にする,という芸当が出来ているのか。

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権威を嘲り大衆に共感しつつ西洋最高度の教養であるところの希哲学フィロソフィア)を身に付ける,ということの不可能性が希哲民主主義の障害だったのかもしれない。だがいま,その障害は希哲館によって打ち破られている。

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全ての人が知者にはなりえないし,全ての人が不知者では悪い。しかし,全ての人が「希知者」にはなりうるし,少なくとも悪いことではない。ならば,それが黄金律というものだろう。

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本来,希哲学民主主義と相性が良いはずだ。一種の反・知的権威主義なのだから。これを民主主義を修正するために使う,という発想が歴史的にあまり無かったのは,不思議といえば不思議だ。現代で言えば,反知性主義知的権威主義の対立を乗り越えうる唯一の可能性であるにもかかわらず。

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民主主義に幻滅したプラトンは,「希哲王」から「夜の会議」と,希哲人による非民主的政治を志向した。それから幾多の政体が試行され,近代化にいたって有識者たちが先導する間接民主主義が定着した。現代になると,インターネットで事実上の直接民主主義衆愚政治が復活しつつある。そして,技術革新による「希哲民主主義」を掲げる希哲館が生まれた。人類史これまでのあらすじ。

=}{希哲12年4月20日のツイスト}

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