希哲13年1月15日

描主宇田川浩行K#F85E
上描き希哲13年(2019年)
01月16日 00:51
下描き希哲13年(2019年)
01月08日 18:19
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

デライト離立に次ぐ課題として,「検索渋滞 」に取り組むことにした。これは2月の目標としている希哲館事業乗軌化にとっても重要になる。

一覧

=}{*}

『レ・ミゼラブル』といえば,『憐情』(れんじょう)という邦題を考えたことがある。『噫(ああ)無情』が廃れてしまった今,これしかないと思っているのだが,ミゼラブル記法を「憐情記法」とすることで普及させる手もあるな。

=}{*}

正直,こういう時は過去の自分に「天才か?」とつぶやいてしまう。

=}{*}

で,これがなぜ「ミゼラブル記法」なのかというと,ユゴー『レ・ミゼラブル』の売行きに関して「?」と「!」だけの手紙を交した,という逸話があって,スクリプトを cat で連結した時に #? と #!/bin/sh が交互に現れるのと,まあ原始的で憐れ(ミゼラブル)といえば憐れな工夫だから。#! が始判(shebang)と呼ばれているので,#? には終判(sheping)という名前を付けていた。

=}{*}

一昨年考案したシェルスクリプトの「ミゼラブル記法」を思い出して自分でちょっと感動している。スクリプトの末尾に #? を記述する,というだけの記法なのだが,出力に適度な行間をあけ,末尾からスクリプトであることが分かるためスクロール時の視認性が高まる。

=}{*}

しかし,堀江さんの時と比べたら,前澤さんは悪趣味なだけでもまだマシだな,と思うことがある。堀江さんは悪趣味以前に「無趣味」という印象で,金のこと以外何を考えているか分からん,というのが最悪だったわけで。前澤さんはずっとキャラが分かりやすい。万年停滞の日本 IT 業界も0.1歩くらいは進歩したんじゃないか。

=}{*}

しかし,感性が武器のファッションを商売にしていて,前澤さん特有のあの「鈍さ」というのは流石に致命的なんじゃないか,と思わざるをえない。あの人の経営している所で買ったものを身にまとうということが,全然ファッショナブルではないような。

=}{*}

私は率直に言って,あの件で前澤さんは悪趣味な小物にしか見えなくなったが,この感性を信頼しているので,共感出来ない人を説得するつもりも別にない。好きにやってもらって,出来上がるものの醜さに気付いた時にこっちに来ても拒みはしない。

=}{*}

SNS 金配りの件,想像以上に波紋をひろげているが,結局のところあれって美意識の問題なのだと思う。「何が問題なのか分からない」と言っている人も多いが,しいて言えば,そういう行為を美しくないと思う人が一定数いるということを知らないことが問題で,感性ってそういう他者の視線を浴びながら洗練されていくものだし,それを知らないと損をしたり恥をかくのは自分。

=}{*}

デルンを使っていると,そもそも書籍のための執筆活動というのが物凄くもったいない気がする。私の中で,書いたことが全て永続化・構造化されてそのまま発信出来るデルンは,ものを書く媒体としては限りなく理想に近い。

=}{*}

この時代になっても,まだネットでの情報発信といえば(マイクロ含め)ブログ的なもので,書籍との距離を埋めるものがないって,考えてみると凄くもったいない。やりようはいくらでもあるはずなのに。

=}{*}

これは文章を書くことでも思うが,この時代にを出す文化がまだ廃れていないのは,ネットの潜在力がまだ活かされていないということでもある。個人的には電子書籍ですらどうでもよくて,ネットで文章を書くのが基本形になった方が何かと合理的だと思っている。その逆よりは。

=}{*}

それが出来るのは,デルンで「インターネット改革」を実現しうる希哲館だけだ。

=}{*}

私はよく,希哲館事業シリコンバレーを越える知識産業の一大拠点を日本に作り上げる,というようなことを語っているが,実はもう一つ,ハリウッドを越える演待(エンタメ)産業を日本に作る,という狙いもある。

=}{*}

例えばダウンタウンを越えるようなお笑い芸人木村拓哉を越えるようなドラマ俳優が出てくるとしたら,それはもうインターネットしかないだろうと思う。しかし,それを目指す者はまだ少ない。

=}{*}

といっても,YouTuber 的なものではないと思う。これまでのインターネットは,テレビに対してオマケ,傍流,サブカル,踏み台……そういう端っこのものに過ぎなかった。そうではない,インターネットを主たる舞台として,これまでテレビでも作れなかったような王道をやろうというのは,まだまだこれからの試みだ。

=}{*}

お笑いに限らず,文化のあらゆる分野で世界的に突出した存在が生まれなくなっている。それは,映画テレビといった古い媒体が作り上げてきた世界の延長線上からまだ抜け出ていないからだ。つまり,もう何をやっても二番煎じ以上にはならない,という状況がある。これを変えるのはやはりインターネットしかない。

=}{*}

その松本さんは,昔,ラジオで「芸人を目指してくる奴には限界がある」というようなことを言っていた。その時点で固定観念にとらわれているから,という趣旨だ。「インターネットなんかいらない」とも言っていた。これは半分正解,半分外れだと思っている。既成の枠組みを越えた表現者はインターネットでしか作れない。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.01
制作・運営:希哲社
© K1-13 (2007-2019) KiTetuSha