希哲13年2月10日のツイスト

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲13年(2019年)
02月10日 00:41
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。

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自分を隠して自分の願望だけを一方的に表現したい,というのは個人的にはちょっと良い表現者の態度とは思えない。だったら,有名になりたい素人の女の子でも捕まえて歌ってもらった方が面白いんじゃないかと思う。それか,米津さんのように思い切って自分をさらけ出すか。あの人だって人前に出たがるタイプには見えないけど,だからこそ偉いと思う。

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でも,男性歌手が自分で作った女性の歌を歌う,というのは堂々としていてまだ良いと思う。仮想の女性歌手に歌わせる,というのはそこからもう一つねじれた行為だと思う。自分を隠しているという点で。

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松山千春さんとか,女心を表現した曲を作って歌うのが巧い男性歌手はいるけど,どれだけ巧くても,やっぱり男性というだけで何か「大丈夫かその価値観」「女性団体に怒られそうだな」とか邪念が頭をよぎってしまう。

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日本の歌謡曲における「女心」なんて大体おっさんが作ってきたものなんだけど,それでも聴けるのは歌い手が生身の女性だからだと思う。

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もう一つ,ボーカロイドで大きな問題なんじゃないか,と考えたのは「他者を介さないプロデュース行為」だ。要は,ボカロ作品って作り手のエゴみたいなものが直接的に見えやすい。同じおっさんが考えた「女心」でも,生身の女の子が解釈して自分なりに演じるのと,思い通りになる人形が演じるのとでは全く違ってくる。幸い,技術的にまだボカロも不自由なところがあるから相殺されているような気はするけど。

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……というようなことを考えていたな。

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ただ,レゴでリアルな表現をすることに楽しみを見出す人がいるように,ボーカロイドでどこまで出来るのか,ということをボーカロイド愛好者の中で楽しむのはもちろんあっていいと思う。その外に目を向けた時にどうか,という話であって。

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なぜ人が歌うのかといえば,まだ人の声でしか表現出来ないものがあるからだ。ボーカロイドがボーカロイドでしか出来ない表現に使われるのではなく,「声に聞こえる楽器」でしかないなら人の声には勝てない。そして残念ながら,ボーカロイドに興味がない多くの人はボーカロイドでしか出来ない表現に興味がない。カラオケで歌えないし。これは本質的な課題だと思っている。

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ボーカロイドについては昔,ちょっと課題についてまとめようとしたことがあったのだが,書いたものが見つからない。確か,「機械的な声」に対する慣れ(世代差)の問題とか,表現者にとってボカロが足枷になってしまう可能性とか論じようとしていたと思うのだが,米津さんはそのあたりへの解答を持ってきたな,という感じがする。

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全体的な印象としては,思ったりボーカロイドっぽかった。ボカロ世代には聴きやすいのかもしれない。実は,「ボカロでも良い曲はあるがボカロだから良いという曲はあまり無いのでボカロは衰退するのでは」と思っていたのだが,ある意味米津さんはそこから脱出してきた人なのか。

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玉置浩二さんに似ている,という人までいたのだが,毎日のように玉置さんの声を聴いている者からすると,良い意味でちょっと軽い。あの作風に玉置さんの声は合わないだろうし。ただ,新鮮ではあるのでもうちょっと時間がある時に色々漁ってみたい。

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米津玄師さんの曲を初めていくつかしっかり聴いてみた。才気走っているのは分かるし,いまこういう曲がウケるんだろうな,というのも理解出来るが,個人的に琴線に触れたり衝撃を受けるような曲は今のところ見つかっていない。正直,事前に大絶賛されているのを見たせいでハードルが上がり過ぎたのは否めない。さりげなく,意外と良いじゃん,という感じで聴くべきスタイルだった。

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というわけで,希哲館訳語交度英語を収録した総合辞典サイト『希哲辞典』dict.kitetu.com)は,希哲館の言語戦略にとって極めて重要な役割を果すだろう。

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私は最近,馬鹿の一つ覚えのようにデライトデライトと言っているが,その周辺にはこういうネタが幅広く山ほどある。だからこそ,そこで頭一つ抜けたデライトが焦点を定める上で重要だったわけだ。デライトの成功を皮切りにこれらが雪崩れ込み,世界を一変させるだろう。

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私が IT で世界の頂点を取るとか,新国際秩序を樹立するとか言っているのを見れば,多くの人がただの放言・妄言だと思うだろう。これが満更でもない話だから私は当惑しているのだが……。

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希哲館訳語にしても交度英語にしても,特に日本語話者にとって大きな問題だった英語支配の問題を大きく改善する。はっきり言おう。この二つなくして日本人IT英語圏に勝つことは不可能だ。しかしこれがあれば世界の頂点すら見える。

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希哲館では,この交度英語を,論組(プログラミング)言語を始めとするあらゆる種類の勘報(コンピューター)言語応司(OS)の台録(ディレクトリ)構造駒手(コマンド),API などの設計に応用して語彙の簡略性と統一性を同時に高めることに成功している。

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そもそも,密な情報交換が必要な分野では略語の類は自然発生するもので,今やチャットの会話ですらずいぶん簡略化されている。それが論組(プログラミング)という極めて複雑な情報を扱う分野で発達していないのはむしろ異常だ。「略語を使わないことで意図を共有しやすくする」のではなく「略語の意図を共有出来る方法」を作ればいい。この発想の転換が交度英語の画期的なところ。

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例えば,〈standard〉std〈system〉sys〈package〉pkg……というように,伝統的に使われてきて技術者なら容易に理解出来る略語というのがある。これらを基礎に,足りないものは類推・造語によって補い,一つの言語体系として共有することを考える。これも結構画期的なプロジェクト。

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これまで,例えば論組(プログラミング)では C のように無理矢理で恣意的な略語を使ったものがあったり,出来るだけ自然な英語表現を使おうという流れが出来たりしたが,現状はそれらが混在している。そこで,いっそのこと「略語を基本にした新しいサブセット言語」を作り,辞典を提供して共有出来るようにしよう,というのが交度英語だ。

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もう一つ,私には重要な言語系プロジェクト「交度英語」(Code English)がある。これは,主に勘報(コンピューティング)で利用する英語を単純化・簡約化して使おう,というプロジェクト。

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特に榕菴と私の翻訳活動は似ているな,と思うことがあるが,私の場合,希哲館事業のために必要だからやっているだけで特に影響を受けたわけではないから尚更不思議だ。

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宇田川榕菴は「細胞」や「酸素」,「珈琲」(コーヒー)等々,近代に欠かせない概念の翻訳語を多数創出した人物。

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日本史,それも江戸時代後期から明治初期くらいの蘭学や翻訳文化を少しでも知っている人は,私が「宇田川」と名乗っていることに注目するかもしれない。当時,有力な蘭学者が輩出した宇田川家というのがあった。私もこういう翻訳活動をやっているとたまに不思議になるのだが,本名だし親戚関係も多分無い。

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希哲館訳語は,やり方さえ間違えなければ必ず普及すると思う。競合も代替もないし,カタカナ語まみれの文章に対して圧倒的に表現力と簡潔性で勝る文章が作れるから。そのやり方が難しいかもしれないが。

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このあたりも,しっかり整理して公開すれば一大献典(コンテンツ)になるのだが……今はデライト最優先だ。

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それでも漢語は便利だ。省割(ショートカット)とか寸片(すんぺん,スニペット)とか制危(セキュリティ)とか,もう手放せない希哲館訳語は多い。最近だと「軽常」(カジュアル)は気に入っていてよく使う。

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この種の希哲館訳語で,最近重宝しているのはやはり「出与え」(であたえ,データ)か。データとは本来「与えられたもの」を意味する言葉。

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こう大量に翻訳語を造っていると小気味好い訳語というのがたまに出来て嬉しくなる。特に,漢語より大和言葉で表現出来ると気持ちいい。諸場(もろば,モバイル),出放り(でほうり,デフォルト),換え取り(カートリッジ),集め振り(アセンブリ)等々。

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最近,コンビニエンスの訳語「近便」(こんびん)が再び私の中で面白くなっている。これを思いついた後,セブン-イレブン獲句(キャッチコピー)が「近くて便利」であることに気付いた時は妙な感動があった。

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希哲館訳語を普及させるために,『希哲辞典』というサイトを作ることを考えている。dict.kitetu.com あたりで。

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私も基本独学なので,結構ヒヤっとすることはある。

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御厨」(みくりや)が難読かどうかで話題になっているが,結構前に伊集院光さんが「美作」(みまさか)を読めず「日暮里」(にっぽり)みたいな単なる難読地名だと思っていたという話を思い出す。美作は古代からの基本的な行政単位で日本史を学んでいれば自然に覚えるのだが,決して無知ではない人でも体系的な教育を受けていないと分かりにくい境界線というのがある。

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ニーチェは私のような人間を超人と呼んだが,それもつまらないものだ。人間に還れ。凡人こそが理想なのだ。

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こういうことを考えてしまう時,一つの救いは周囲の人間に対する恩返しが残っていることだ。私くらい周囲に迷惑をかけ助けられてきた人間も少ないと思うので,出来れば何らかの形で返したいし,少なくとも迷惑をかけたり悲しませたりはしたくない。

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私が成功に抵抗感を覚えるのは,それがに等しいからだ。お別れも近いということかもしれない……。

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これが善悪の彼岸に生きるということだ。

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希哲館事業はそういう私の性格がなければここまで来なかっただろうが,ここに来てその性格の面倒臭さが露呈した。自分の能力は世界を変えるために必要だが,世界を変えたら自分は邪魔になるからさっさと姿を消そう,と考えていたことを思い出す。世界平和を達成したら退屈しのぎに魔王になりかねない。

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私はいかなる規範よりも「面白さ」に従って行動してしまう人間で,だからこれまでの希哲館事業は最高の仕事だった。経営者以前に社会人として不謹慎かもしれないが,希哲館事業のように不安定で未知なことばかりでたまらなく面白かった仕事を「軌道」に乗せてどうする,つまらん,という感情が確かに私の中にはある。

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イーストウッド『パーフェクト・ワールド』ではないが,これまでの私の人生観って「壮大な理想を追いかけて力尽きる」というものだった。だから今頃,私は死んでいるはずだった。それが現実には,何だかんだ上手くいって希哲館事業も軌道に乗りそうな状況にある。

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宗教的な体験や信念でこういう異常な孤高性を発揮する人間というのは稀にいるが,ただのわがままでここまで出来る人間は世界中見渡してもそうはいない。

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ここで例えば,誰も教えてくれなかったから,誰も認めてくれなかったから出来ないという性格だったら存在しないものが存在している。私は何も教えられなくても考えられたし,全人類と神に否定されても自分を肯定出来る人間だからだ。まあ,人類のバグみたいなものかもしれない。

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いま私はこの世界で一番可能性が大きい分野で一番可能性が大きい技術の開発に成功しているし,それを世に出す前の今ですら心身ともに非常に恵まれた生活を送れていると思う。でも,こういう生き方を誰が教えてくれたわけでもないし,誰が認めてくれたわけでもない。しかし現実は確かにここにある。不思議な気分だ。

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さらに恐しいのは,自分が人の親になって,しかもその子の性格が私そっくりだった場合,教育の仕方がまったく分からないということだ。

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私がときどき恐しいな,と思うのは,物心ついた頃から大人の思い通りにならず,大人になってからも数々の常識を破って生きてきて,自分が望んだことに誰よりも上手く接近してしまったことだ。教育とは何かということを考えさせられる。

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そういえば,私は勉強会セミナーサロンの類に参加したことが全く無いな。参加する必要を感じたことがないし,それでも別に目的には近付けたから。

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