{あれ K#F85E/4686-D362}宇田川浩行 いまどき,情報技術をかじっている哲学者も,哲学をかじっている情報技術者も珍しくないが,その両方の特性を組み合わせつつ両分野で頂点を目指そうとしているのはたぶん私くらいだろう。独自の社会思想を持ち第一線の技術者でもあるという意味ではストールマンもそれに近いが,希哲館事業構想とは比べものにならない。
{あれ K#F85E/4686-5E18}宇田川浩行 簡単に言うと,技術企業としての成功をアテにして,在野にありつつ,支援者や支持層に依存しない高度な言論活動を目指してきたのが希哲館だ。これは言論機関としての希哲館最大の強みであり,近年の社会分断と扇情的・党派的な言論が蔓延る世相を踏まえた時,希望の鍵といっていい要素だ。
{あれ K#F85E/4686-2AD7}宇田川浩行 その実用化を「パラ・シンギュラリティ」(もう一つの特異点)と呼ぶほど,デルンには,既存の情報整理通類(ツール)の株を全て奪うほどの革新性があると思う。しかし,反対に考えると,なぜそんな重要な技術開発がここまで等閑にされてきたのか,不思議でもあった。本当に社会にとって「なくてはならない」技術だったら,私に出来てネルソンやゲイツに出来ないわけはない。つまりこれには,現代社会の構造的な限界があるのではないか。これが「現代の壁」問題だ。
{あれ K#F85E/4686-7EA4}宇田川浩行 そう考え始めたのは,さあデルンを売り込み始めようということになって,類似の研究や技術について本格的な調査を始めてからだ。デルンは,規模でいえばテッド・ネルソンの Xanadu やマイクロソフトの WinFS 以上の技術構想になるが,こうした先行技術の失敗について分析しているうちに,この手の技術が実は社会的に求められていないのではないか,ということを考えるようになった。
{あれ K#F85E/4686-0BE1}宇田川浩行 その思惑通りにいけば,毎日「炎上商法」に明け暮れてフォロワー稼ぎをしている有象無象よりずっと効果的に発言力を得ることが出来るだろう。第一線の媒体になれば,少なくとも数億人の用者(ユーザー)には認知されるわけだ。だから何も意味のないことをやっているわけではない。ところが,ある時からデルンを商業的に成功させることは想像していたよりずっと難しいかもしれないと思うようになった。
{あれ K#F85E/4686-392D}宇田川浩行 実際,私がここで書いていることなんて,極一部の人以外には全く伝わっていないと思う。目先の金や知名度が持ち辺(モチベーション)だったら,こんな活動はまず存在すらしていない。それでも私は嬉々としてこんなことを10年以上も続けてきたし,これからも続けていく。それは,「最終的に技術力でねじ込めばいい」という思惑があったからだ。
{あれ K#F85E/4686-ED5B}宇田川浩行 希哲館事業構想やその背景となる希求主義の思想体系が,語ることで普及するものだとは最初から考えていない。というより,ほぼ黙殺されるだろうという前提で動いてきた。単純で極端な主張の方が拡散しやすいというのはインターネット言論の特徴でもあるが,その土俵で構築出来る思想には限界がある。その限界を乗り越えるためにどうすればいいか。単純な話,革新的なネット媒体を開発するなどして,その影響力を利用するのが一番効果的だろう。これが希哲館事業の特徴でもあった。
{あれ K#F85E/4686-2AB7}宇田川浩行 そういえば,一夜革命以後,「現代の壁」問題がどう変化したかについて整理が追いついていなかった。現代の壁問題は,要するに技術(デルン)の普及が先か思想の普及が先かという問題だ。デルンを普及させる上で,この技術がどういう意味を持つのか共有してもらう必要があるが,希哲館事業の思想は技術的成功によって普及させることを計画してきたので,理屈の上では矛盾することになる。
{あれ K#F85E/4686-78B1}宇田川浩行 どの陣営にしても,インターネットでウケる主張はもう極度に単純化されていて,希哲館の許容範囲を越えていた,というのはある。理性を保ったままではそこまで振り切れない。結局,どちらからも煮え切らない態度に見えてしまう。