希哲13年1月5日のツイスト

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲13年(2019年)
01月05日 00:05
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。

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私は一夜革命,一夜革命と言ってきたが,いまや希哲館で起きているのは千夜一夜革命だ。毎夜革命がある。

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年初デライトの整理をしておいたことも後々重要になりそうだ。だいぶ頭がすっきりして視界が晴れた。あとはひたすら突き進むだけだ。世界の頂点まで。

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あとデライトで嬉しいことの一つは,自分の「感性」を活かせること。もともと私は視覚表現を作ることも好きなので,例えばロゴアイコンページ装体(スタイル)を作り込む楽しさを思い出した。長い間,関心が言語的なものに偏っていたのだろう。

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そもそも,希哲館事業なんてものは目先の利益に心を奪われていたら考えつきもしないような事業だ。何十年かけても,いや一生かけて実現しないとしてもこの夢に生きる。そういう精神性を持っていなければ出来ない。だからこれだけ期待と興奮が日毎増していてもなお,私にはどこか冷めた部分がある。たかだか11年,まだ子供のような事業だ。

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訳あって年齢のことはあまり触れないようにしているのだが,私はザッカーバーグより若い。そして希哲館事業がやろうとしていることは Facebook の比ではない。デライトが成功し希哲館事業が完全に軌道に乗ったら,私は恐らく史上最年少で世界経済の頂点に立つことになる。そんなことがすぐに起こると思えるほど私は冷静さを失なっていない。

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デライトは必ず成功するが,どれだけの時間がかかるかは分からない。離立(リリース)してすぐに飛当(ヒット)してくれればそれ以上のことは無いが,これはいわゆる「アプリで一発当てよう」という話ではない。デライトが成功したら,それはすなわち希哲館が世界の天下を取ったということだ。成功の意味が大き過ぎる。

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デライトは製品として間違いなく成功する。この確信には一点の曇りもない。私が投資家なら全財産を喜んで注ぎ込むだろう。私は経営者なので出来ることを何でもする。

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ここまで整理してきてはっきりした事は,デライトによる成功への「確信」が,焦点を明確にし,膨大な作業に優先順位を付け,持ち辺(モチベーション)を高めたということだ。考えてみれば,確かにデライト以前の私には迷いがあった。いくつかの突破口は思い描いていたが,一点に絞れず,関心が分散しがちだった。

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なぜこんなことを長々と振り返っているのかというと,デライト考案から一つ不思議な現象があって,「開発渋滞」と呼んでいた虎哲開発の停滞があっさり解消したり,それまでモヤモヤしていた色々な概念や仕様が明確な形になったり,急に開発が円滑に進むようになった。これが嬉しい一方で何だか気持ち悪くて,どうしても頭の中を整理しておきたくなった。

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もっと厳密に言えば,飛当(ヒット)する,というだけでなく,希哲館経営によく最適化されてもいた。どう運用して,どう利益を上げて,どう希哲館事業に寄与させていくか,比較的はっきりと見えた。デライトなら希哲館経営が軌道に乗るという確信が持てた。

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こういう私の分かりやすさに対する厳しい感覚と,マーケティングをそれなりに勉強してきたこと,11年に及ぶ希哲館経営の試行錯誤,あらゆる面からみて,はじめて飛当(ヒット)すると確信出来たのがデライトだった。これは希哲館事業にとって非常に大きな進歩といえる。

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「分かりやすいものの伝え方」が分かって,「分かりにくいことを実践すること」も出来る。これは希哲館事業のようなことをやるには必須の資質だと思っている。だから「分かりにくさ」を常に課題として意識することが出来て,結果としてデライトにつながった。

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これは,この前も触れたピカソに通じるものがあるかもしれない。普通の感覚が分かるから冒険出来る。

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私は普段,独自用語ばかり使った奇妙なことばかり書いているが,実は私が得意としていることの一つに「分かりやすく伝える」ということがある。どういうわけか,昔から人にものを教えたりするのは得意だ。ただ,それは他人に分かりやすい範囲で行動することとは違う。時として真っ暗闇に一人で突っ込むことが必要なら私はやる。そして新しく見つけた道を教えに帰ってくる。それが私にとっての希哲館事業だ。

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そこでにわかに舞い降りてきたのがデライトだった。これはいわば,希哲館事業構想という未曾有の巨大構想と現実を繋ぐ「現代の風穴」だった。この閃き以降,ひたすら広大で散漫だった希哲館事業の諸要素が,デライトを中心にぎゅっと引き締まった感覚がある。

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これが大学研究室でやっていることなら浮き世離れしていても良いのだろうが,希哲館の存在意義は「技術によって在野における高度かつ独立的な学術研究・実践を可能にすること」にあった。技術で稼げるかどうかは文字通りの死活問題だった。

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希哲館事業第一次総括で私はたびたび「現代の壁」という言葉を使っていた。「新近代化」事業である希哲館事業にとって,世界のありようを包括する革新的な構想は,そのまま「分かりにくさ」という欠点になる。それを技術でねじ込むためにデルンがあったが,そのデルンも一般受けしそうにない。これは事業の根幹に関わる大問題だった。

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これが結果的に,長年デルンが抱えていた「分かりにくさ」の問題に対する有力な解決策にもなった。

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いまとなっては不思議な気もするが,デライトのように「デルンそのもののライト版を提供する」という発想は無かった。その理由はおそらく,必要に迫られなかったからだ。「デルンを公開する」と約束したのだから,本質的にデルンであるものを公開しなくてはならない。しかし時間は無いとなれば,デルンの現実装から枝葉末節を徹底的に削っていくしかない。その意味でデライトは必然の産物だった。

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6年前デルン実用化以来,常に課題として意識してきたのが「デルンという技術をどう理解してもらうか」だった。特に,「高過ぎる自由度」の問題を解決するために,様々な応用法についての解説を充実させるとか,ウィキブログのような既にお馴染みのものに「擬態」させたサービスを提供する,というようなことを考えていた。

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ライト版デルンで「デライト」(Delite)というのは洒落た名前だが,つるっとし過ぎていて印迫(インパクト)に欠ける,というのが最初の印象だった。そもそも「デルン」自体がウィキブログにならって「簡潔かつ不思議な語感」を狙ったものだったので,それを活かすべきではないか,という思いもあった。

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デライト」という概念が確立した今「ミニデルン」は不格好な名前に見えるが,それでも簡単に没にはならなかった。この名称の利点は,デルンとの関連性が分かりやすいというところで,当初はごく短期間のつなぎの案だったことがよく現れている。

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