希哲13年1月26日のツイスト

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲13年(2019年)
01月26日 05:15
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。

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一覧

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ちまちまとした作業を延々と続けているといくら私でも不安になってくるのだが,ある瞬間,パッとその効果が実感出来るようになるのは何度体験しても快感だ。今日はそんな日だった。

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時間,時間,ああ時間。

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そしてこういう時に選択と集中というものの重要性を実感する。人間に寄り道していられる時間は与えられていない。少なくとも大きなことを成し遂げようとしている人間には。

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妙に作業が進まないなと思った日でも,開発記録に考えたことを書き出すと物凄い量になっていたりする。こういうことの積み重ねで想品(ソフトウェア)というものが出来上がっていると思うと何だか感慨深い。

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始判シバン)のインタプリタスクリプトを指定出来る件,伝統的な Unix では不可だが,Minix と,2.6.27.9以降の Linux では可能になっているらしい。昔 Linux で試しても出来なかった記憶が確かにあったのでボケていなくて少し安心した。Linux で使えるようになったのは10年以上前だから,Linux に限れば安心して使えそうだ。

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しかし,この狂い,正常ならばありえない発想が,ありえないはずの突破口を現代に開く。

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私は「人類史上最大の事業」とすらいいうる希哲館事業というものを「余技」という名目で達成出来ると思っていたわけで,これはもう人間離れとかいう程度ではない,神をもおそれぬ身のほど知らずだった。

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いま思えば,この正対主義という考え方を身につけた時は,元気があり余っていたんだなと思う。不可能というものを身体で知らなかった。

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もっと簡単に言うと,「何でもよし」な相対主義的世界観を逆手に取って,「だったら目一杯大きなことをするのもありなんじゃない?」というのが正対主義で,自己の相対化と絶対化を突き詰めたところで両立させている。だからシニカル(synical),「皮肉な綜合」。

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私が名称などによく使っている「(エ)シニカル」(synical)という用語は,〈cynical〉(皮肉な)と〈synthetical〉(綜合的)を合わせた造語で,相対主義的な「小さな人間だから小さな世界を」という考え方に対して,「小さな人間だからこそ大きな世界を」という考え方を表現していて,この態度を「正対主義」(resolutism)と呼び,新現代思想の基調としている。

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希哲社は独自の Unix シェル開発もしている。その名も Selfish(Synical Elfish)シェル。slfsh と略してみたら LFS を改良した SLFS(セルフス,Synical Linux From Sketch)にもかかった。

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誰だ,試しもせずに「IT 用語は移り変わりが速いから翻訳しても無駄」などと言ってこの惨状を放置してきたのは……。この怠慢は罪だぞ。

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この状況で,英語で考え英語で書く人間に勝てるわけがないんだよな。

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こうやって片っ端からカタカナ語を翻訳していると,日本の IT 業界の重い足枷の一つがカタカナ語まみれの技術文書であることを痛感する。言語として醜悪すぎる。これを放置したら本当に後世の日本人に申し訳ない。

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パフォーマンス チューニングは「性能調安」か。悪くはない。というか,技術用語としてははるかにマシ。

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ついでに,チューニングは「調安」(ちょうあん)で確定するか。

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好修」(カスタムカスタマイズ)……意外としっくりくるな。本当に,何でも試してみるものだし考えてみるものだ。

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加修顧修の中間的な案として「好修」というのもついさっき考えた。加修よりもイメージが掴みやすく,顧修よりは大分軽い。

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例えば,さっき「シェルスクリプト始判シバン)をかなり加手(カスタマイズ)出来ることに気付いて……」という文で使った「加手」は語感としてちょうど良かった。ここで「顧修」はちょっと重い気がした。となると間をとって「加修」なのか……悩むな。

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加手」は造語として極めて単純で,直感的でもあるが,解釈の余地が大き過ぎる。そこで少しイメージを具体化したのが「加修」,さらに「顧修」なのだが,「顧修」まで行くと堅苦し過ぎるか,という感じがある。

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まあ,頭一つ抜けたものが無い,どんぐりの背比べともいえる。

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そういえば,「カスタム」(カスタマイズ)の訳語も難題だった。それも,結構良さそうな訳語が色々出来て迷っている。「手を加える」を単純に漢語化した「加手」(かしゅ),少し捻った「加修」,原義により近い語感の「顧修」,もっと単純に,「勝手」(かって)をそのまま使う等々。

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シェルスクリプト始判シバン)をかなり加手(カスタマイズ)出来ることに気付いて,やりたかったことを色々試せるようになってしまった……。そろそろ切り上げないとデライト離立に向けての作業時間が……。

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炎上した,世間が口うるさくなった,という話題で,葬るには惜しいというネタを見たことがない。

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芸人が不謹慎なネタで「炎上」する時って,大抵の場合「面白くない」という問題が付随している。少し口が悪くて許される人と許されない人がいるように,人間の倫理観って意外と恣意的なもので,同じようなネタでも面白くないと燃えやすい。この場合,「面白さ」というのは素材の可燃性に等しい。炎上に抵抗してくれる分子が少ないというか。

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たとえ法律が許そうと利益を失おうと,これはしたくない,出来ない,という信念を自分の中に持っている人間は信頼出来る。それこそが,ただ目の前の餌に食らいつくだけではない人間らしい生き方であると私は思う。

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何でも誉める,というのは,つまり良さと悪さを見極める努力をしていない,価値観を放棄しているということで,相対主義の一種なのだろうと思う。プロタゴラスしかり,相対主義の問題は,現状容認以上のことが出来ないというところにあって,例えば拝金主義につながりやすい。何をしても良いなら,利益のあることをした方がいい,というわけだ。

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大体,安売りされた誉め言葉をもらっても私は嬉しくない。だから,批判すべきことは遠慮なく批判するようにしている。そうでなければ賞賛が安っぽくなる。

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たまに,否定的なことを言わない,とにかく人を誉める,という人を見るが,個人的にあまり好きではない考え方だ。もちろん,心の底からそう思えて,誰に何を言われようとそれを実践出来る人は間違いなく良い人なのだろうけど,他人にそれを求めて,その「道徳」によって脅威を排除しようとするのは弱さであり,奴隷道徳に過ぎない。

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ホストの ROLAND さん,前々から良いキャラだとは思っていたが,「嫌いが言えない人の好きには価値がない」という言葉でこの人は信頼出来るなと思った。最近,全く同じ趣旨のことを書こうと思っていただけに。

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「シバンの参照先は、実行可能バイナリでなければならず、(シバン行のある)スクリプトであってはならない。」(Wikipedia より)……これは何だったんだろう。英語版にはスクリプトも読み込めると書いてあるが。

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ところで,シェルスクリプト始判(シバン)に指定するインタプリタ,ずっと教科書通りに実行可能バイナリしか書けないと思い込んでいたのだが,実はスクリプトも書ける。いつか試した時出来なかった記憶があるのだが……。絡包(ラッパー)的なものに使える。

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全体として,日本人は前者の意味でなら十分な能力がある。問題は後者,開拓的な能力に欠けている。

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論組(プログラミング)の能力というのは,要求通りのことを的確にこなす能力と,新しく価値のあるものを作り上げる能力のどちらを指すかで全く必要な資質が変わってくる。

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