知識人

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲8年(2014年)
10月03日 00:18
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。
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私が「第一次大翻訳時代」と呼ぶ江戸時代後期から明治時代頃にかけての翻訳文化成立した背景には,知識層の圧倒的権威があった。一握りの知識人外来語に触れ,それを翻訳して学界から人口に膾炙していく。その知識人もほぼ漢籍に通じていたので,漢語訳語が多数生まれた。

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漫套」なんていかにも明治大正知識人が好みそうな翻訳語だし,風装ファッション)として認知されはじめたのもその頃なのだが……。

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じゃあなぜ第一次大翻訳時代江戸時代後期明治時代)が成立したのかというと,単純に当時の知識人が圧倒的な発信力を持っていたからだと思っている。当時造られ普及した翻訳語は必ずしも高くない。

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戦争を助長するいかなる動きも許してはいけないというのも,戦争になった時に身を守れる強さが必要というのも,どちらも部分的には正しいし,どちらも本来は良心から来る考え方のはずだ。間違っているのは,視点が少し違うだけのことで,お互い憎み合ってしまっていること。それを調停し新しい段階に導くのが知識人の役割なのだが,それも壊滅しているという。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.01
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