江戸時代

描主宇田川浩行K#F85E
上描き希哲6年(2012年)
08月28日 02:11
下描き希哲6年(2012年)
08月24日 00:19
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

江戸時代。

元禄文化は江戸時代初期の上方町人文化、化政(文化文政)文化は江戸中後期の江戸町人文化。

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一覧

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江戸時代明治時代翻訳語に「西洋知識輸入する」という使命があったように,翻訳語にはそれに意義を与える上位概念が必要で,希哲館訳語の場合は知識産業革命を目指す希哲館事業構想がそれを担っている。ここは誰にも真似出来ないところ。

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正直,江戸時代後期から明治時代頃にかけての翻訳語なんて,決して上手いものではない。意訳したくせに誤解を招いたり,下手な漢字のあて方をしたり。翻訳技術的には希哲館訳語の足元にも及ばないような翻訳語ばかり。それでも権威で「ゴリ押し」出来た。この「流通」の問題は大きい。

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私が「第一次大翻訳時代」と呼ぶ江戸時代後期から明治時代頃にかけての翻訳文化成立した背景には,知識層の圧倒的権威があった。一握りの知識人外来語に触れ,それを翻訳して学界から人口に膾炙していく。その知識人もほぼ漢籍に通じていたので,漢語訳語が多数生まれた。

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江戸時代とか明治時代に造られた翻訳語で質が高いものというのはそう多くない。そもそも翻訳語の質を評価するという考え方が無かった。この時代は意訳が多い。中国で行われた仏語漢訳音訳が多い。

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私が「第一次大翻訳時代」と呼ぶ江戸時代後期から明治時代頃なんて,まさに和魂洋才精神が確立したころ。これが「洋魂洋才」になってしまっている。特に肝心の知識層で。

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日本の政治における家系って面白いな,と思うのは,いわゆる保守層明治以後の成り上がり政治家一族(安倍家麻生家小泉家等)を中心にしていて,リベラル徳川家細川家など少なくとも江戸時代からの名家と(場合によっては)天皇を信奉していること。長い歴史のなせる業。

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考えてもみれば,江戸時代なんかまさに出る杭は打たれる社会だった。生意気な武家も台頭し過ぎた商家も取り潰された。それから解放された明治大正あたりは若干自由な気風もあったが,昭和平成で国民の画一化が進んだ。教育の功罪だ。

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日本人武士を自分に重ねることが多いが人口の大部分は百姓」みたいな言説,日本にも階層移動がそれなりにあったことは少なくとも押さえていてほしい。江戸時代の農民には帰農した元武士が少なくない。

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こういう日本型組織の原点は,おそらく関ヶ原の戦いにおける東軍なのだろう。多頭的な西軍に対して家康がよく統率していた東軍は強く,その後の江戸時代を通して近代日本人の原型が作られた。

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もちろん,国の状況によっては一旦閉鎖して国内の安定を計った方が良い,という戦略も有り得るし,江戸時代はその後の近代化で必要になる国民意識の下地を作った面もある。ただ,今の日本の問題は「凝り固まり過ぎていて柔軟性が無い」ことなので,やるべきことが反対だ。

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世界には常に競争があって,貿易で富を最大化し技術開発を続けていかなければいざ外国と対立した時に手も足も出なくなる,というのが江戸時代の教訓だと思うのだが,自給自足社会で鎖国すればいいじゃないか,みたいな言説がいまだにあるのを見るに,人間が歴史に学ぶのは難しいなと思う。

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「勤勉で従順な日本人」像というのは江戸時代以降に形成されたもので,やはり徳川家の文化によるところが大きいと見ている。信長秀吉,中世の東国武士などの豪胆ぶりは「西洋人」の比ではない。だから本来,日本人アメリカ人を真似る必要はない。忘れられた日本人の精神を蘇えらせればいい。

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